100年ライフプラン

老い老いバンザイ!

2024年2月24日

こんにちは。
投資信託クリニックの カン・チュンド です。

映画『鬼龍院花子の生涯』の中で、
主人公の鬼政はこう呟きます。

 

人間一生二万日、どうせ死にに来た世よ。
なんちゃ怖いことはないきにゃ。

 

 

2万日を年数に直すと?

『55年弱』です。

 

 

わたしは今年56歳になるので、
もう2万日は過ぎているわけです。

 

 

 

 

 

鬼政が生きた時代とは異なり、
今は人生100年時代とも云われます。

書店に行けば
「80歳からの幸福論」みたいな本が並び、

多様な健康食品の羅列とともに、
いつまでも元気で自分らしく!が叫ばれています。

 

 

「いつまでもお元気で!」

 

 

 

 

んー、
なんだか(少し)胡散臭いような。

 

 

わたしはまだ『老い』の1年生ですが、

 

腰が急に痛くなり、目が見えにくくなり、
(顔は覚えているのに)名前がすぐに思い出せなくなり、

顔にはシミが何か所も出来て、
なかなか疲れが取れにくいなど、
『老い』の症状が多数発生しています。

 

そしてこれは(この先)ますます顕著になるでしょう。

 

 

 

 

 

 

私たちは、
職業的な技量や
社会的な地位からではなく、

 

まず身体という
身近な対象を通じて
老い(衰え)を実感するのではないでしょうか。

 

 

 

 

そもそも、

 

いつまでもお元気に!
という言葉ほど
自己矛盾しているものはありません。
はっきり言って「キレイごと情報」です。

 

 

人間も生き物ですから、

盛りを過ぎれば
長い「下り坂」に入り、そこからひたすら下っていくだけです。

 

 

「年」を重ねれば、
徐々に元気でなくなっていくのは、ごく自然なことでは?

 

 

 

 

 

いつまでも元気で!のほうに賭けても(=いくら努力しても、)
(長い目で見れば)『敗北』は確定しているのです。

 

それが『老いる』の本質。

 

 

今、
「枯れていく長いプロセス」の途上にわたしはいます。

 

今の心境は?

と聞かれれば、

 

あんまり急な『下り』になり過ぎないよう、
勾配をなるだけ緩やかにするよう努めます。

 

とコメントするしかありません。

 

 

 

 

 

また、

少しずつ元気でなくなっていく = 徐々に衰えていく『プロセス』をなんとか楽しめないか?とも模索しています。

 

 

不思議なことに、
30代に戻りたいとか、20代に戻りたいとか、
そういう
『若かった頃』への懐古心はあまりありません。

 

 

あなたはどうですか?

 

 

20代の時など、
体が丈夫で元気だった分、
頭の中は今より「単純」だったと思います。

いっぽう、

私の体はこれから衰えるばかりですが、

もしかすると
頭の中は、
まだもう少し鍛えることができるのではないか、という期待も抱いています。

 

 

 

 

 

そして(これも「もしかすると」ですが、)

 

老い、衰える中でしか見えてこないモノ、
感じられないコトもあるのではないかと思うのです。

 

昔の人が寂(さび)と呼んでいた感覚ですね。

 

 

そして、今から申し上げることは
賛否両論あるかもしれません。

 

まったく個人的に、ですが、

肉体として衰え続け、
放物線の最後の降下のように老衰で死ぬためには、

進みすぎた医療と、
どこかの時点で「別れる」必要があると考えています。

 

 

人間には生き物としてほんらい備わった、
『死に時』というものがあるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

最後に、『老い』を感じるとは、
残り時間を意識するということです。

 

 

今、あなたの目の前で「お金」と「時間」がにらめっこをしていますが、

もし何もしなければ、お金の敗北は目に見えています。

 

時間は刻一刻と減ずるのみであるためです。

 

 

あなたの「お金」を材料に
あなたの『やりがい』を、
(この先の「残り時間」を意識しながら、)具体的な工程に載せることが出来ますよ、

まだ今なら・・。

 

 

 

 

『老い』
すべての人にとって初めての経験であり、
かつ、やり直しが効かないプロセスでもあります。

 

くれぐれも  残り時間 < 資産  にならないよう気を付けましょう。

 

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