投資信託あれこれ

オルカンと世界初の投資信託は(もちろん)繋がっていますよ

2024年2月28日

こんにちは。
投資信託クリニックの カン・チュンド です。

19世紀のイギリスのことを
ちょっと思い浮かべてみましょう。

 

英国では産業革命が興り、
もともと農民だった人たちが
都市に出てきて労働者となり、

当初劣悪な環境下で長時間労働に従事していました。

 

その後少しずつですが、
労働環境も改善され、

資本家だけでなく、
労働者の間でも「小さな蓄え」を積む者が出てきます。

 

 

 

 

 

今あなたは
1860年代の、
ロンドンの商店の市を覗いています。

 

小金を貯めた者の中から、
都市に住む労働者を相手に、

パン屋を始めたり、
洗濯屋を始めたりする者が現れます。

また食堂を開いたり、
雑貨店、精肉店、理髪店、服裁縫店など、小さな商いを始める者が続出します。

 

 

 

 

 

少しずつ少しずつですが、
「中産階級」の芽が芽吹き始めるわけです。

 

そのような状況下で生まれたのが
『投資信託』(ファンド)です。

 

 

ファンドという商品の画期性を実感するためには、

 

投資信託(ファンド)が生まれる前の『投資の場』
どんな雰囲気だったのかを想像するのがよいでしょう。

 

 

それはずばり、『資本家』のための倶楽部そのものでした。

 

 

お金持ちだけが集うサロンの中では、
投資に関するホットな情報が行き交います。

 

「じゃあ、俺たち3人で
この植民地に金を貸しておこう(債券)」


「今のうちにこの会社に出資しておこう(株式)」みたいな話が繰り広げされます。

 

 

 

 

原始資本主義では
価値ある情報の流布も、
それにともなう重要な決定も、まさに『密室』で行われていたのです。

 

 

おまけに
個別の株式にしろ、
個別の債券にしろ、その「単価」は非常に高いものでした。

 

ふつうの市民には、
どこで何が起こって、
何が決まっているかという類の情報はほとんど降りて来ず、また、単独の株式、債券を買う金銭的余裕もありませんでした。

 

 

 

 

 

これはわたしの推測ですが、

資本主義の勃興時には(今でいう)
胡散臭い話が山のようにあったと思います。

 

特に当時、海外の情報は極めて限られていたため、
投資に関連した詐欺や犯罪は
今よりずっと多かったのではないでしょうか・・。

 

 

そんな中、
世界初の投資信託、
「フォーリン・アンド・コロニアル・ガバメント・トラスト」がイギリスで誕生しました。

 

1868年のことです。
今でいう『外国債券ファンド』でした)

 

投資信託という道具は、

 

ふつうの生活者に『投資を行う』
という道を切り開いた功労者であり、
紛れもなく【世紀の発明品】であったと云えます。

 

 

この『道具』はさまざまな点で革新的でした。

 

 

 

 

 

○ 資本家ではなく、
当時勃興しつつあった中産階級をターゲットとした。

 

○ 複数の外国及び植民地政府の証券(債券)を
パッケージ化して、
国の分散、銘柄の分散を可能にした。

○ 購入単価を低く抑えた。

 

世にいう「分散投資」を、
はじめて体現にした金融商品と云えるでしょう。

続く・・)

 

カテゴリ:投資信託あれこれ

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