その他・雑記

17年しか生きていないけど『1年半を返してください!』と叫びたくなるコロナ禍について

2021年10月14日

こんにちは。
投資信託クリニックの カン・チュンド です。

新型コロナウイルス。

来年の歴史の教科書には載ってしまうのでしょうね。

世界同時的な禍(わざわい)が突然やってくるなんて、
誰も夢にも思っていませんでした。

(かく言うわたしも
コロナ禍で東京を離れ地方に移住することに・・)

 

あるとき、ナザールさんのツイートを拝見して
ハッとしました。

(一部ですが、以下抜粋します)

 

―このまま丸2年自粛すると、
貴重な人生の50分の1もの時間を
自粛という形で消費してることになるね。

 

多感な世代はもっと影響が大きいかも。―

 

ホントそうです。

 

仮に、です、
新型コロナウイルスが発生した年、
2020年に、

もしもわたしが「高校一年生」だったとしたら・・
と想像してしまいました。

もしもあなたが
2020年の春から高校一年生になっていて、
今、高校二年生になり、

(可能性は低いかもしれませんが、)

来年の3月末までの丸2年間、
コロナ禍で何らかの「行動制限」がかかり続けたとしたら、どうでしょうか。

どんな気持ちになると思いますか?

 

 

高校生活の2年間
移動が制限され、人との接触が限られ、
家の中に閉じ込められがちで、

人生の中でもっとも刺激を受け
もっとも気持ちの花が咲き誇る、

自分という「核」が形作られていく多感な時期を、
ただやり過ごすしかない・・

そんな想像をしてみるだけで、
ちょっと胸が痛くなってしまいます。

 

これは明らかに
人生の50分の1の「損失」ではありません。

 

17年間生きてきて、
そのうちの1年半や2年が
無為の時間になり得てしまうのです。

 

 

拙い自分の学生時代を振り返ってみますと・・。

時が経つのを忘れて
友だちと何時間も話し込んだ思い出や、

親に反抗して斜に構えたり、
シニカルに厭世的になってみたり、

でも好きな人がいて、
その人にどうやってアプローチしようかと散々悩んだことや、やっとのことでグループデートにこぎつけたこと、

そんなこんなの「普通の時間」が、
今、犠牲になっているわけです。

 

若い人にとって
奪われた1年半、2年という歳月は二度と帰ってきません。

わたしには子どもはいませんが、
親御さんの立場に立つと
娘さん息子さんが不憫に思えてしまう心情は十分に理解できます。

 

 

仮に2022年の春までに
コロナ禍が終息したとしても、

今の例で言えば、
2022年の4月からあなたは高校三年生になり、
その先には「受験」が待ち構えているわけで・・

 

もちろん成人している私たちも
コロナによって多大な影響を受けています。

現に今の仕事がどうなってしまうかで
不安の渦中におられる人も大勢いると思います。

 

行動制限によって、
見えない殻に閉じ込められた状態で、
不自然にできた「時間」を持て余した人もいることでしょう。

そもそも会議がすべてネットになり、
いろいろなことが周知徹底されていないままのテレワーク突入で、

お客様から直接感謝される機会もなくなって、
職場の同僚とちょっとしたバカ話もできなくなった・・

 

 

「共感」「労わり」や「達成」「安堵」という、
人と人との繋がりの中で
その喜びを分かち合える行為が見えにくくなっているのも事実です。

 

新型コロナウイルスの「経済的な損失」は
数字として明らかになりつつありますが、
私たちの精神的な「痛手」は
まだ表立って見えていないのかもしれません。

 

この感染症は

私たちの思考を、
強制的に『歪めた』と云えます。

 

ですので、
コロナが下火になったからといって、
急には元の気持ちには戻れないのです。 

くれぐれも無理をし過ぎないように。

ほんとうの『コロナ疲れ』が出るのはこれからだと肝に銘じておきましょう。

 

カテゴリ:その他・雑記

おすすめの記事