投資信託あれこれ

150年以上前に投資の民主化は始まった?(世界初の投資信託「フォーリン・アンド・コロニアル・ガバメント・トラスト」)

2021年8月21日

こんにちは。
投資信託クリニックの カン・チュンド です。

まずはこの一冊から・・。

エンゲルスの著書
『イギリスにおける労働階級の状態』です。
(原著は1844年から45年にかけて刊行)

 

 

同書は今でいうところの
ルポルタージュのはしりと云ってよいでしょう。

当時イギリスは七つの海を制していましたが、
庶民の生活は過酷を極めていました。

 

同書を読むと19世紀のイギリスでは、
16時間~18時間の長時間労働も珍しくなく、
(もちろん児童労働も当たり前で)、

トイレも水道もない狭い部屋で、
5人、6人がすし詰めになって寝起きするような
貧民街があちこちにあったことが分かります。

(特に地下部分の住居は川の水位より低く、
じめじめとして不衛生極まりなかったと云います)

 

 

もともと農民だった人たちが
都市に出てきて労働者となり、

国そのものの発展と合わせて
それなりに分別のある『市民』になるには、
長い長い時間が必要だったのでしょう・・。

 

そのうち労働者の中にも
少しずつ小金を貯めて、
小さな商売を始める者が現れてきます。

たとえば、
都市に住む労働者を相手に

パン屋を始めたり、
洗濯屋を始めたり、
雑貨商を営んだりして、

少しずつ少しずつですが、
「中産階級」が育ち始めます。

 

 

そのような状況下で生まれたのが
『投資信託』(ファンド)だったのです。

 

では、投資信託が生まれる前の投資とは?
それはもう『資本家』のためのものでした。

 

お金持ちだけが集うサロンの中では、
投資に関するホットな情報が行き交います。

「じゃあ、俺たち3人であの貿易船に投資しよう」
「この新興国に金を貸しておこう」
「今のうちにこの会社に出資しておこう」という話まで、

 

 

原始資本主義では価値ある情報の流布も、
それにともなう重要な決定も、
まさに『密室』で行われていたのです。

ふつうの市民には、
どこで何が起こって、
何が決まっているかという類の情報は
ほとんど降りてきませんでした。

(実際当時は今とは比較にならないくらい、
『超・格差社会』だったのです・・)

 

これはわたしの推測ですが、
資本主義の勃興時には(今でいう)
胡散臭い話が山のようにあったと思います。

特に海外の情報は
限られていたため、
投資に関連した詐欺や犯罪は
今よりずっと多かったのではないでしょうか・・。

 

そんな中、
世界初の投資信託、
「フォーリン・アンド・コロニアル・ガバメント・トラスト」がイギリスで誕生します。

 

1868年のことです。
 今でいうところの『外国債券ファンド』でした)

 

 

投資信託という道具は
(今から振り返ってみますと)

ふつうの生活者に『投資を行う』
という道を切り開いた功労者であり、
紛れもなく【世紀の発明品】であったと云えます。

 

この『道具』はさまざまな点で革新的でした。

 

○ 資本家ではなく、
当時勃興しつつあった中産階級をターゲットとしたこと。

 

○ 複数の外国及び植民地政府の証券を
パッケージ化して、
国の分散、銘柄の分散を可能にしたこと。

 

○ 購入単価を低く抑えたこと。

 

世にいう「分散投資」を、
はじめて体現にした金融商品と云えるでしょう。

 

 

たとえば、です。
19世紀の後半、ロンドンの下町で
洗濯屋を営むスミスさんがいたとしましょう。

一生懸命働いて得た
この小金を増やしたいとは思うけれど、
そんなに大きなお金ではないし、

○○の株だけを買うとなると、
もうそれだけで小金の大半がなくなってしまう恐れもある。

 

それ以外で
投資のネタを探してみても、
どうも胡散臭い話ばかりで、

自分の性格からいうと結局のところ、

「究極のハイ・アンド・ローみたいな投資はイヤだ。」
という気持ちになってしまうわけです・・。

 

そんなときに、
投資信託という道具が
折よく登場してきたと想像してみてください!
(どれほど有り難いことだったか・・)

 

 

当時の時代背景を分析しても、
「フォーリン・アンド・コロニアル・ガバメント・トラスト」
に対する『実需』がありました。

19世紀後半のイギリスは
世界最先端の工業国でしたが、
供給 > 需要の状態で、緩やかなデフレになっていました。

国内で投資を行って
高い利潤を期待できるような状況ではなく、
「低金利」が常態化していきます。

一方、外国のほうはまだまだインフラ投資が旺盛で、
したがって資金需要も強く、

(つまり)供給 < 需要の状態で、
総じて「高金利」だったのです。
(投資対象として魅力的ですよね)

 

「フォーリン・アンド・コロニアル・ガバメント・トラスト」は(イギリスにとっての)植民地にあたる政府の債券、外国の債券に投資を行いましたが、

いったいどんな債券(国債)を
組み入れていたかというと・・。

 

アルゼンチン債
オーストリア債
ブラジル債、チリ債、エジプト債
イタリア債
ニューサウスウェールズ植民地債
(↑オーストラリアの地域名)
ペルー債、ポルトガル債、ロシア債
スペイン債、トルコ債
アメリカ債などでした。

 

立派に『外国債券ファンド』でしょう?

 

153年前に生まれた世界最初の投資信託が、
【リスクをコントロールする】という発想を
多くの投資家に根付かせるきっかけを作ったのです。

ファンドに歴史あり・・。

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