世界投資的紀行

私と母は22歳しか年が離れていません(経済成長とは20年で見える景色がすっかり変わること)

2024年6月5日

 

こんにちは。
投資信託クリニックの カン・チュンド です。

 

わたしの母親は1946年の生まれでした。
わたしは1968年生まれです。

わたしと母は22歳しか年が離れていません。

 

今でもこの事実に驚愕することがあります。

 

たった22年しか違わないのに、
わたしと母親の「境遇」があまりにも違っているためです。

 

 

 

 

 

わたしが生まれた年(1968年)、
日本は西ドイツを抜いて
GNPで世界第2位に躍り出ました。

まさに、
高度経済成長の真っ只中にあったのです。

 

母が生まれたのは終戦直後(1946年)。

外国籍で、
おまけに母は2歳の時に父親を亡くしており、

祖母が女手ひとつで家族を養うことは
当時、想像を絶する困難を伴ったはず。

 

 

わたしと母では全ての前提が異なります。

 

毎日寝起きする部屋の広さ。
毎日食べる食事の中身。

友だちと遊べる時間の長さ。
おやつのレパートリーの広さ。

(子どもが子どもとして)
我がままに振舞えるスペースの大きさ。

 

そして何より
物質的な豊かさ、です。

 

 

「生きる」時点が20年違えば、
見える景色はまったく異なることがある。

これが世にいう
『経済成長』の証左なのです。

 

 

 

 

 

経済成長とは、
20年という時間差で見た場合、
見える景色が、暮らしの実態がまるで異なる様を指します。

 

(当然、株式市場も著しい成長を遂げます)

 

 

日本の高度経済成長期では、いくつかの幸運が重なりました。

 

・原油の調達コストが1バレル数ドルで済んだこと
・農村から都会への急激な人口移動によって
安価な労働力を確保することができたこと

・日本の優れた工業製品を買ってくれる
豊かな欧米諸国の存在があったこと

 

・当時の冷戦構造によって
自由主義陣営の中で日本の経済発展が鼓舞されたこと

・中国が共産化されたことで、
製造業のライバルが一つ消えていたこと

 

 

そして何より、日本人のメンタリティーです。

 

敗戦によってどん底を経験した人間の
あとはもう上に登るしかないさ。という、
一種カラッと乾いた楽観主義が、日本人の中に広まり、独特の団結力を生んだのです。

 

 

 

 

次に、
20年という歳月で思い出すのは「インド」です。

 

1992年、
わたしはインドを4ヵ月にわたって旅しました。

 

当時を振り返ると、
人々の体臭と香辛料が充満したあの匂いを、真っ先に思い出します。

 

 

そして、
都会の通りで
公園の片隅で
地べたに寝ていた、たくさんの人たちを思い出します。

どの町に行っても「牛」が我がもの顔で歩き、
砂ぼこりが立ち込めていました。

 

 

 

 

 

すべての人が民族衣装を着ており、
リキシャや荷車やバイクの音が、
大きな声で交渉する商人の声に交じってカオスを演出します。

 

 

そんなインドを、
わたしは2010年、再訪したのです。

 

新興の住宅地サウスデリーにやってくると、
メルセデスやBMWがふつうに走っていました(牛はいません。)

 

わたしはマクドナルドに入り、
チキンバーガーを食しました。

すると、
お揃いのジーンズを着たカップルが
手を繋いでマックに入ってきました。

二人はじゃれあいながら今にもキスをしそうな雰囲気・・。

 

(たった20年前は
公衆の場で手を繋ぐことさえ憚られたのに!)

 

わたしには、
今目の前に広がる光景がにわかには信じられませんでした。

 

世の中が変わるとは、こういうことなのだ!

 

それは誠に貴重な経験でした。

 

 

 

※ 写真はニューデリー市内のネット証券内部(2010年当時)

 

例えば、株式という資産市場の中でも
インド株式の躍進が見て取れます。

 

『全世界株式インデックス』の中では
21世紀初頭、インド株式はほぼゼロ%に近かったのです。

 

それが2009年時点で、
インド株の比率は0.89%ほどに。

2024年(4月)時点では
その比率は1.8%ほどに上昇しています。

 

 

でもまだまだ序の口かもしれません。
この比率(%)は、今度大きく変容する可能性を秘めています。

 

 

経済成長とは、

貧しさから脱却して、豊かになろうとする人間の飛躍そのものであり、世界中のあちこちで今も連鎖的に起こっていますし、これからも起こり続けることでしょう。

 

 

 

 

 

生前、母はよくこぼしていました。

 

とにかく貧乏はイヤ。
ひもじい思いをすると、こころが荒んでくる。

 

 

豊かになりたいと口にすることは善ですし、豊かになれたことに感謝する心もまた善だと思います。

 

世界は(まだまだ)豊かになる余地で溢れているのです。

 

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