経済よもやま話

ハイ、小銭を山ほど積み上げて国際電話を掛けていましたよ(33年後には世界が一変している模様)

2022年8月25日

こんにちは。
投資信託クリニックの カン・チュンド です。

昔むかしの話です・・。

アメリカで勉強していた頃、
日本に連絡すること一つ取っても
タイヘンだったのを憶えています。

 

時差が(たしか)13時間位あって、
日曜の朝7時に電話して
(日本では)日曜の20時でした。

寮(ドミトリー)には電話が二つしかなくて、
(いわゆる公衆電話タイプ)

 

 

 

まずはそれが塞がっていないことを祈ります。

 

 

あっ、ちなみにその時は、

 

〇月〇〇日の日曜日の夜に電話するね。
と、彼女に前もって
手紙で知らせておくわけです。
(手紙が着くのにも10~14日ぐらいかかりました。田舎だったもので・・)

 

 

日曜日に早起きして
小脇にたくさんの25セント硬貨を抱え、

それらを、

 

 

↑電話機の上に置いて、
恐ろしく長い電話番号を押すわけです。

 

当時の国際電話の発信音は
か細く、
そして異様に「間(ま)」が長くて、

ほんとうに何千キロ離れているところから
海底ケーブル?を伝って
音が流れているような感じがしたものです。

 

つーーーっ、

つーーーっ、

つーーーっ、

 

「やっとつながった!」

 

向こう側で受話器を取った音がしても、
それで安心してはいけません。

 

一度など、
いきなりお父さんが出てきて

 

「はい、○○ですけど・・」と
冷たく言われたこともありました。

 

「あっ、あのー
わたしカンと申しますが、
〇〇さんおられますか?」

みたいなセリフを
ちゃんと言わないといけないわけです。

 

 

 

まあ、
そんなこんなを乗り越え、

彼女とは電話で
実にいろいろと話をしたはずなのですが、

今となっては
「いったい何をしゃべっていたのか・・。」

まったく思い出せない自分がいます(笑)

 

 

何しろ・・・、
33年前の話ですから。

 

 

当時と比べると、
日本とアメリカの経済状況も変わりました。

いや、華麗な逆転現象が起きた、と云っていいでしょう。

 

わたしが米国に居た当時(1989年頃)は、
世界株式の時価総額ベースでいえば、
アメリカよりも日本の株式市場のほうが大きかったわけですから・・。

 

ホントです。

 

テクノロジーの面でも
インフラの前提条件が違っています。

固定電話は装置産業であり、
相互交換出来るのは「声」のみでした。

 

それに対してインターネットは、究極の分散型ネットワークです。画像も声も動画も、これからは3D(立体的なバーチャル世界)も相互に交換する時代になります。

 

 

 

 

正直に述べますが、
今年生まれた赤ちゃんが33歳になる頃に、

 

この世界が、

技術面において、
政治・経済面において、あるいは文化的側面において、

どのくらい変貌しているかという『目安』が、わたしには分かりません。

 

ただ一つ、言えることは、

 

これまでの33年より、
これからの33年のほうが、変化の振れ幅は大きくなるだろうということです。

 

 

(そこにはもちろん、)


投資家としての Chance がありますよ(^^)

カテゴリ:経済よもやま話

おすすめの記事