100年ライフプラン

残り時間が少なくなると、人は真面目になります(「死」を意識するのは恥ずかしい事ではありません)

2022年7月18日

こんにちは。
投資信託クリニックの カン・チュンド です。

今は地方に暮らしていますが、
コロナの前は東京に住んでいました。

新型コロナウイルスが発生する2年前まで
オフィスがJR田町駅の三田口側にあったのです。
(住所は港区芝5丁目でした。)

 

 

 

 

という町名(1~5丁目)は興味深く、
芝2丁目、3丁目あたりは
空襲に遭わなかった地域が所々にあって、

都心にありながら、
下町的な雰囲気を残していました。

 

 

わたしのオフィスが入っていたのは
居住用のマンションで
一階に『掲示板』がありました。

(さまざまなお知らせが貼り出されていたのです)

 

前述の通り、
下町的な雰囲気を残す町でしたので、
自治会の活動も活発でした。

 

一階の掲示板には
芝1~5丁目の各自治会ごとに
「訃報」も貼り出されるのです。

 

具体的にはこんなイメージです。

 

 

  訃報
芝3丁目在住の〇〇○○様が
平成29年〇月〇日に永眠されました。(享年89歳)
つきましては下記の通り通夜・告別式が執り行われます。
具体的な日時と斎場名
        平成29年〇月〇日
        芝3丁目自治会長 ○○○○

 

 

 

 

 

わたしのオフィスは6階にありましたので、
毎朝エレベーターのボタンを押して、
エレベーターが1階に戻るのを待つわけです。

 

その際、
エレベーター横の『掲示板』も見ることになります。
(「訃報」も逐一見ていました)

 

それも10年間にわたって。

 

 

何百と見た訃報の中で
年齢的にもっとも多かったのは80代でした。
70代、90代の方もおられました。

わたしが記憶する限り、
「女性」が7割方を占めていました。

 

春、秋に比べ、
冬の1月2月3月は
訃報の頻度が上がりました。

(夏の7月8月もそうでした)

 

わたしは10年間、
そのように「死」と接していました。

 

老いが恐ろしい。
死が恐い。

この感覚は人生の折り返し点を超えないと、なかなか自分事として認識しづらいです。

 

死ぬなんて
自分が無くなってしまうことですから、そら恐ろしいことなのです。

 

しかし、老いも死も
生物ならみな平等にやってきます。

 

 

「死」というエンディングは
ヒトがヒトになって以来、
変わることのない結末なのです。

 

なにしろ死亡率は100%ですから・・。

 

 

 

 

これはわたしの勝手な想像ですが、
あと20歳くらい年を取れば(わたしは74歳)、

もっともっと
「生」が研ぎ澄まされてくるのではないでしょうか。

 

残り時間が減ってくることで、
人は懸命になれます。

 

道端に同じ花が咲いていても、
その健気さに
自分の心を鷲づかみされるほどピュアな気持ちになってしまうのも、老いたればこそ。。

 

周りの物事の細部に、
小さな意味付けを
きちんと重ねられるのも、

自分が年を重ねてこそ出来る事です。

 

「死」の話をするわたしは、
「死」のことを考えているのではありません。

懸命に「生」を考えるわけです。

 

 

刻一刻と時間が減っていく中で、
どう「生きるか」に
気持ちが集中していく過程を、
生まれて初めておぼろげながら感じています。

 

 

若い頃は、
50代になって
自分がこんな心持ちになるなんて夢にも思っていませんでした。

 

老いるとか、
死ぬとかに

『フタ』をしないほうがよいとわたしは思います。

これほど普遍的なことはないわけですから。

 

 

 

 

たまに
「カンさん。よく毎日ブログの更新が出来ますね」と言われたりしますが、

時間が少なくなる一方ですから、
(もう)さぼる暇もないわけです(^^)

 

今日書いてしまわないと、
来週は書けないかもしれない。

近頃そんなふうに思うようになりました。

 

「死」をちゃんと意識することは、
ちゃんと「生きる」につながります。

 

 

前にも書きましたが、

ヒトが「不老不死」を手に入れてしまった時、
ヒトの「イノベーション」(革新性)は死ぬのだと思います。

投資家としてはその事が心配です。

(ヒトの不老不死の獲得は、わたしが死んだ後の話でしょうが・・)

 

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