100年ライフプラン, お金の摩訶不思議

わたしの寿命 = お金の寿命でぜんぜんOK!

2022年5月15日


こんにちは。
投資信託クリニックの カン・チュンド です。

子どもはいなくて、
配偶者にも先立たれ、
親兄弟も(もう)亡くなっているとすると、

わたしは病室のベッドの上で
次のように考えるかもしれません。

 

 

 

「わたしが死ぬとき、
わたしのお金の価値もゼロになる」と。

 

お金を使うという行動が起こせるうちに、

自分のお金を
ある程度用いていかないと
「後悔先に立たず」の状態になってしまいます。

考え方として、わたしの寿命 = お金の寿命 でぜんぜんOKではないでしょうか。

 

(ただし、自分のお金を出来るだけ次世代に遺したいという考え方ももちろんOKです。その場合、なるだけお金の寿命を延ばす方策を考えなければなりません。)

 

わたしの寿命 = お金の寿命 とすると、

資産の価値は
本人の死が近づけば近づくほど、減じていきます。

 

たとえば、
30歳の海原さんが持つ
「1000万円」の価値と、

80歳の山野さんが持つ
「1000万円」の価値はまったく異なります。

 

 

 

 

30歳の海原さんには
時間もエネルギーもありますが、

でも、やりたいことを実現するための「お金」がありません。

一方、
80歳の山野さんは、
お金はたくさんありますが、

もう「時間」も「エネルギー」もそんなに残されていません。

 

 

ほんとうは
海原さんの「時間」と
山野さんの「お金」を
【交換】できればよいのですが、
そんなことは出来ないのです。

 

 

〇 仮に山野さんの「お金」を
海原さんに譲ることはできても、

〇 海原さんの「時間」
山野さんに譲ることは出来ません。

 

時間とは、その人「固有」のもの。

お金と違って
AさんからBさんへというふうに「譲渡」はできません。

 

 

 

 

いっぽうのお金は、
膨らんだり、縮んだり、そのすがた形を変えたり、

どこへでも移動できますし、
所有者が誰になっても別に構わないわけで。

「時間」と「お金」の関係って不思議です。

 

若い時は
自分の「時間」を使って
一所懸命「お金」を積み上げようとします。

しかし、
ある程度の年になると、

自分の「お金」で
自分の「時間」を買う。そういう感覚が必要になってきます。

 

 

 

 

なぜなら「お金」は貯まっていても、
「時間」は減っていく一方ですから・・。

 

万が一にも
お金に夢中になり過ぎて、
時間の残り分量が(もう)あとわずか・・という事態だけは避けたいものです。

 

わたしの愛読書である『DIE WITH ZERO』では、

 

お金を多く残したまま死ぬとは、
その「お金」を用いて経験することが出来た、
あるいはチャレンジすることが出来た「事象」を経ずに人生を終えてしまうことだ。

 

と喝破しています。

その通りだと思います。。

 


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