お金の摩訶不思議

お金を用いる → 貯める → 増やす → 育てる → 還す? その1)

2021年4月8日

こんにちは。
投資信託クリニックの カン・チュンド です。

レイモンド・チャンドラーの小説に
「ロング・グッドバイ」があります。






小説の中で主人公はこんな台詞を吐きます。
 

僕は金持ちなんだぜ。その上幸福になる必要がどこにある。


ちょっとキザですね。
しかし(ちょっと)考えさせられます。

資産を持って(かつ)幸せになる方法を、
私たちは未だ開発中なのかもしれません。


別の視点でいえば、

私たちは
幸せであることと
お金(資産)を持つことを、
なかなか切り離して考えられないのです。



お金とは不思議なものです。
それによって自由を得る人がいれば、
逆にそれによって不自由になってしまう人もいます。

お金(資産)はうまく扱えば、
人の何倍ものあいだ生き続けることも可能・・。

でも、うまく扱った本人は(お金より)先に死んでしまうんですけど・・。

 



ちょっとこんな想像をしてみましょう。

あなたもわたしも母方の家系を辿れば、
20万年ほど前にアフリカに生存した
『ひとりの女性』にたどりつくと言われています。

ヒトが今日の「人」になり得たのは、

 

1.【道具】を作り、それを生活の中で活用したこと。
  (たとえば、「火」も道具のひとつ)

2.【言葉】を発達させ、コミュニケーション力を育んだこと。
3.【貨幣】を発明し、モノ・サービスの流通力を高めたこと。


この3点だと思います。


ただ『貨幣』は発明品というより、
コミュニティの成熟の結果生まれた「道具」のようなものです。

最初は「海彦さん」「山彦さん」がいて、
互いに「魚」と「キノコ」を交換していましたが、

『貨幣』を介することで、
もっとたくさんの人たちが互いに同時に
モノやコトを交換できるようになり、

その結果、
ヒトが行う活動(= 経済行為)は飛躍的に拡大しました。

 



 

でも、です。

奈良時代や平安時代に生きた多くの庶民にとっては、お金はただ、モノを得るための「媒体」に過ぎなかったはずです。

想像してみてください・・。

ほとんどの庶民にとって、
今日生きること、
明日を生き抜くことが死活問題であり、

お金は塩を得るため、鍬(くわ)を得るために、
ただ『用いる』ものだったのです。

 

~お金は原始【用いる】ものだった。~



それから時代はくだり、
さまざまな技術革新が興り、

貨幣経済が深化すると、
社会全体の中で「富」の蓄積が進んでいきます。
その『おこぼれ』を、庶民も享受できるようになったのです。


このときはじめて人は【お金を貯め】、
それを今ではなく「未来」に使うことを覚えました。

改まって言うのもなんですが、
お金を貯めるとは、
まさに人にとって『新たな行い』だったのです。

なぜなら「貯める」とは、「使う」と真逆の行いですから・・。


お金の原始は、
モノを得るための「媒体」でしたが、
それをすぐには使わず『貯めておく』。

人はお金を貯めることで『安心』を得、
その日暮らしから抜け出し、
初めて未来に対する【時間軸】を持つようになりました。

これは相当に高度な思考です・・。


お金を貯める=未来のためにお金が使える ということですから、

ひょっとすると
今の自分と、
将来の自分は違ってくるかもしれないという
【希望的観測】をはじめて抱けるようになったわけです。

 

~人はお金を【貯めること】を覚えた。~

 

わたしは、
毎月お金を貯めるを継続できているあなたは、
すでに8割がた『投資の準備』もできていると思いますよ。

投資のエッセンスのほとんどは、お金を貯める(貯蓄)に詰まっているためです。

 

<今日のお話は、3回にわたるシリーズ記事内の1本です。>

 

カテゴリ:お金の摩訶不思議

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