投資の発想法

投資という「ことば」を深掘りしたら、人生だと分かりました

2020年2月15日


こんにちは。
投資信託クリニックの カン・チュンド です。 

司馬遼太郎 著
『街道をゆく 36 本所深川散歩・神田界隈』を読むと、

「ことば」というものの難しさを改めて感じます。



たとえば「憲法」という言葉ひとつ取っても、
明治10年代の終わり頃になるまで
それを適語とするかどうか、定まり切らなかったのだそう。

司馬先生はこうおっしゃいます。

慶応二年版の福沢諭吉の『西洋事情』では律例といい、
慶応四年の加藤弘之の『立憲政体略』では国憲と訳されており、
同年の津田真道の『泰西国法論』では根本律法になっている。


なるほど・・。

「憲法」という言葉に落ち着くまでの苦労が垣間見られます。


では、投資という言葉はどうなのでしょう?

〇 誰が最初に提唱したのか?
(○ それは investmentからの訳だったのか?)

〇 投資という言葉に至るまで、
一体いくつの訳語が消えていったのでしょう?


もう、ココを突き詰めるだけで本が一冊書けそうですが(笑)、
とりあえず、『投資』です。


ことばの意味合いは?

投資・・「資」源を、「投」下すること。

 

より詳しくは、

資源を投下することで、
それ(投資)をしなかった場合に比べて
なにがしかの利益(便益)が得られると見込まれる行為のこと。


そう、投資とはほんらい、
とても『広い意味』なのです。




 

もちろん「資源」とは、
石油とか石炭だけを指すわけではありません。

自分という名の資源。
ハイ、あなたもわたしも持っています(^^)

資源・・・・。

あなたのお友達、
所属している業界や知人や、
転職したあともつながっている前の会社の同僚。

サックスの仲間。
一緒に活動しているアイルランド詩吟会のメンバー。

みんなみんな、
「人脈(関係)」という名の資源です。



そして、お金。
または、信用。

これらも「資源」です。

ふつう、お金という資源は「使う」と、
その量が減っていきますが、

お金という資源を「使って」
その総量を増やそうとすることも出来ます。
(俗に資産運用と呼ばれるものです。)


信用という資源、
お金という資源、
どちらもどこか似ているのでは?

<それを育てるのに、それなりの時間がかかりますね。>

あっ、すみません、
その「時間」も立派な資源です(^^)

たとえば、
「信用」と「時間」は対を成します。

時間」は年を取ればとるほど減ってしまいますが、

うまく育てていけば「信用」は
年を重ねるほど、増していきます。

 

ところであなたは、
自分という資源を投下していくのに、
その先が「お仕事」ばかりになっていませんか?

もっと「関係(家族・人脈)」とか、
もっと「趣味」とかに、
あなた自身を投下してもよいのではないでしょうか?

(要は「最適バランスの追求」・・。仕事はいつか終わりが来るのです。)

 



(そもそも)最初から持っている「資源」など、
誰しもごくわずかなもの。

「資源」とはその存在を慈しみ、育てるものなのです。
(資源はあなたが油断していると、すぐに摩耗してしまいます。)

人生とは、
自分が持つ資源を有効に投下し、

そこから、数字に見える便益、
数字には見えない充実を求めていく行為ではないでしょうか。

タイムリミットは決まっています。
あなたが生きているうちしか「投資」はできませんよ。

 

お知らせ)土日祝では 2月29日()、3月1日()のカウンセリングに今のところ余裕がございます。

 


カテゴリ:投資の発想法

おすすめの記事