つみたて投資, 投資家の感情リスク

ウォール・ストリート・ジャーナルの記事を読んで思った・・やはり1966年から1982年は大変だったのだと。

2022年6月22日

こんにちは。
投資信託クリニックの カン・チュンド です。

わたしがコロナ禍で学んだことは
「最悪に備えること」

そしてそれを前提に
「最善を尽くすこと」です。

 

個人事業主ですから、
周辺環境が激変すれば、
瞬く間にビジネスの前提条件が変わってしまいます。

 

長期投資家にとっても、
「最悪に備えて」
「最善を尽くす」ことは重要です。

ちょっと硬い言葉でいえば、
歴史的な視座を持たないと、

めげずに
同じ気持ちで
リスクを取り続けるのは難しいと思うのです。

 

 

 

 

以下、
ウォール・ストリート・ジャーナルの記事より。

How to Stand Up to a Bear Market
『弱気相場にどう立ち向かうのか』

 

今の市場のボラティリティを
「不安」に思う人は多いはずです。

 

これから
「どの程度悪くなる可能性があるのか・・」と、
底が見えない井戸を覗き込んで気持ちが滅入るより、

具体的に『過去の事実』に参照を求めるべきでしょう。

 

 

上記ウォール・ストリート・ジャーナルの記事では、

景気後退と高インフレが進行した、
1966年から1982年の株式市場を
「恐れるべき事態」の具体例として挙げています。

 

 

1966年2月9日
S&P500は94.06でした。

 

16年以上あとの1982年8月12日、
S&P500は102.42でした。

 

そう、長い長いボックス相場だったのです。

 

 

画像元)ウォール・ストリート・ジャーナル

 

記事は上記の期間中、
インフレを考慮した企業収益は15%減少し、
投資家は「絶滅危惧種」として認識されるようになったと記しています。

(1979年にビジネスウィーク誌が「株式市場の死」という特集記事を組んでいるのです)

 

 

1970年には
米国の一般家庭の25%が株式に投資していましたが、
1983年までにその比率は19%にまで落ち込みます。

 

 

1970年~1981年の間に
株式ファンドの純資産額は450億ドルから410億ドルに減じています。

 

気が滅入る話は続きます。

 

記事内では、

1966年2月から1982年の8月に至る計199ヵ月で
毎月100ドルつみたて投資を行った場合、

元本の19900ドルは、
インフレ率を考慮すると
18520ドルにしかならなかったと記しています(米国モーニングスター調べ)

実質、元本が割れていたわけです。

16年という月日で、です・・・。

 

 

偶然なのですが、
FPの井上ヨウスケさんが
『コツコツ投資は報われるのか?』という動画をUPされていて、

 

 

動画内で井上さんは
シナリオ1~3について解説されています。

その中の「シナリオ1」が、
S&P500に1966年~1985年の20年間積立を続けていたら、というシミュレーションになっているのです。

(ちょっと安心しました。ちゃんとプラスになっていました!)

 

『時間』こそが資産形成の友であると再確認できますね。

 

 

それから、ウォール・ストリート・ジャーナルの記事には絶妙な言い回しの文章がありました。

 

あなたが持っている靴下と同じ靴下が、20%安くなったとします。
今持っている靴下を売ろうなんて思わないですよね。

 

あなたは自分の衣装ボックスを見て、
同じ靴下がもう少し必要かどうかをチェックするだけ。

 

若い投資家は、株式を靴下と同じように扱うべきなのです。

 

 

 

 

市場の熱狂を肌で感じたら、
それはすでに何十回と繰り返されている事だと、自らをクールダウンさせましょう。

市場の急落を目撃したら、
それはすでに何十回と繰り返されていると認識し、かつ、

その後の上昇相場は(下落相場よりも)より劇的で、より長く続いていると自分に言い聞かせましょう。 

 

マーケットとの付き合いは日々修行です(^^)

 

 

 

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