インデックス投資全般

インデックス投資はどうしてアメリカで生まれたのか?

2021年2月5日

こんにちは。
投資信託クリニックの カン・チュンド です。

単純に考えてみましょう。

「ぼくは平均点のリターンでいいよ。」

こういう慎ましい考え方はほんらい、
(アメリカ人よりも)日本人のほうが持っています。

ではどうして、
市場平均との連動を目指すインデックス投資は
アメリカで生まれたのでしょうか?

この疑問をわたしは長い間、心の隅に持ち続けてきました。


『資産運用の歴史が長いから?』


んー、でも長さでいったら、
ヨーロッパのほうがよっぽど長いですよね。

そもそも資産運用会社の起源は
貴族の莫大な資産を管理するところから始まっていますから、
欧州こそが源なのです。

『経済的な成功をよしとする風土があるから?』


はい、これはもう、
アメリカの精神文化の根っこにあると思います。

でも、ですよ。

経済的な便益、
すなわちいかに『大きく儲けるか(儲かるか)』を重視するのであれば、

アメリカでは
インデックス投資よりもアクティブ投資がもてはやされるはず。
(なぜなら「市場平均」よりもうんと儲かる可能性があるわけですから!)


わたしは米国でインデックス投資が生まれた背景には、
合理性を追求するアメリカ人の精神があると思うのです。

正確にいうと、
『普遍性』を求めた結果としての合理性・・。


アメリカという国は
「United States of America」です。

この「United States」を文字通り訳すと、
『複数の団結した州』となります。

「複数の団結した州」→ 連合国家 → 「合州国」→ 合衆国なのですね。




まったく出自が違う、
文化も異なるさまざまな人たちの「寄せ集め」であるアメリカは、

誰にも理解できる
誰から見てもOKだよね!と思われるモノ、サービスが
自然な「ろ過装置」を経て生まれやすい土壌なのです。


たとえばジーンズです。

あっ、ここからはわたしの解説ではないですよ。

わたしが尊敬する
司馬遼太郎氏の著書『アメリカ素描』に描かれていた内容です。



デトロイトの自動車工場の労働服だったジーンズを、
ファッショナブルな衣服に昇華させ、

国、性別、年齢、背景の文化を問わず、
誰もが憧れるイカした製品に昇華させてしまう。

アメリカで「ろ過装置」を経て普遍性を帯びたモノ、サービスは、
自然、世界に波及しやすいのです。


司馬氏の「アメリカ素描」から引用してみましょう。

 

普遍性があってイカすものを生みだすのが文明であるとすれば、
いまの地球上にはアメリカ以外にそういうモノやコト、
もしくは思想を生みつづける地域はなさそうである。


見事な描写です。
(ちなみに本書の初版は1986年)


〇 誰にでも理解ができ、
〇 便利であり、
〇 誰から見ても魅力的で、

〇 そして安価で長持ちして、
〇 他の誰かに勧めたくなるようなモノ、コト。

これこそが『普遍性』ではないでしょうか。

 



 

資産運用の業界でいうと、

さまざまな投資スタイルが闊歩し、
試され、また再生産され、
あらゆる「ろ過装置」を通して洗練される中で、

・誰にでも理解ができ、便利であり、
・誰から見ても魅力的で、
・そして安価で長持ちして、
・他の誰かに勧めたくなるようなモノとして、

インデックスファンドは生まれ、
その後にETFが生まれ、

それは実際、世界に広まっています。


ただし、インデックス投資は
まだ普遍性を帯びきっているとは言えません。

たとえば中国の上海や
インドのムンバイにおいて、

インデックス投資のブロガー、ユーチューバーがあまた輩出されるまでには、
あと15年はかかるのではないでしょうか・・?

(いまだ道の途上なのです。)

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